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カルロス・ゴーン被告の逃亡劇がサム・ロックウェル主演で映画化。逃亡作戦を詳細にまとめてみました

カルロス・ゴーン
Photo: World Economic Forum (CC BY-SA 2.0)

元日産自動車の会長であり、現在レバノンに逃亡中のカルロス・ゴーン被告について、その逃亡劇が映画化されることを米有力メディアDEADLINEが報じました。

出典:deadline.com

映画の主役はゴーンではなく、その救出を計画成功させた元米陸軍特殊部隊員マイケル・テイラーを軸に描かれます。主役となるテイラーをサム・ロックウェル(スリー・ビルボード)が演じることが話題となっています。
同時にTVシリーズの製作も計画されており、こちらはテイラーが米陸軍特殊部隊から除隊したあと、民間軍事会社(American International Security Corporation)を運営するまでの過程が描かれるとのこと。このTVシリーズについては、サム・ロックウェルは出演せずプロデューサーとして参加します。

製作はサム・ロックウェルのプロダクションPlay Hooky ProductionsとMGM/UA TV、Vanity Fair Studiosの三者が共同で行い、公開はストリーミング配信を視野に入れているようです。
どのプラットフォームから配信されるかは、現時点で明らかではありませんが、ゴーンがベイルートに逃亡した直後からNETFLIXでのドキュメンタリー化が噂されていたため関連が注目されます。(ただし、NETFLIXはゴーンとの契約については否定しています)

カルロス・ゴーン被告の逃亡劇について、映画の製作にも絡んでいるVanity Fairに詳細な記事が掲載されたので、他の情報ソースも交えながら内容をまとめてみました。
この逃亡劇(同記事では救出や亡命と表現)がどれだけ劇的であったかがよく分かります。これ以上スリリングな素材はないと言えるくらい映画的なエピソードを繰り返しながら逃亡劇は実行されたのです。

逃亡計画の依頼はレバノンの実業家から持ちかけられた

  • テイラーは友人の友人であるレバノンの実業家(氏名は不明)から、「ある要人」の国外逃亡について打診を受けた。
  • 実業家は、テイラーをゴーン夫人のキャロルに引き合わせた。
  • キャロル夫人は、テイラーに日本のいわゆる「人質司法」について説明し、カルロス・ゴーンが不当な扱いを受けていることを訴えた。

現在、ゴーンと共にベイルートに留まっているキャロル夫人ですが、逃亡後の2020年1月7日、ゴーン被告の裁判で虚偽の証言をしたとして偽証容疑で逮捕状が出ています。しかし、この時点ではまだ逮捕状は出ていなかったため、レバノンの実業家とキャロル夫人が連絡を取り合い、逃亡を請け負ってくれる専門家を探していた可能性が考えられます。
テイラーは、実業家から仕事の打診があった時点で独自に調査し、「ある要人」とはカルロス・ゴーンであることに気づいていました。

マイケル・テイラーの心を動かしたもの

  • テイラーはこの話に興味を持つとともに、日本の人質司法によってゴーンが今後も長期的に拘束される可能性を知り、彼は不当な扱いを受ける犠牲者であると感じるようになった。
  • テイラーも自身がいわれのない罪で19ヶ月刑務所に拘束された経験があり、ゴーンが置かれている状況についても他人事とは思えなかった。そして、実業家からの打診について仕事を受けることを決意した。

このころ、テイラーは民間軍事会社のかたわら、ビタミン飲料のブランドを立ち上げるようになっていましたが、ゴーンが不当な扱いを受けていることを知るにいたって、自らの体験と元米陸軍特殊部隊としての使命感が心を動かしたようです。映画化では、この信念に基づいた行動がテーマとして描かれるのかもしれません。

テイラーは特殊部隊でレバノンに駐留した経験があった

  • テイラーは、レバノンに精通しており、軍需品から輸送まで元工作員の人脈を広範囲に持っていた。
  • 独自調査の結果、テイラーはこの逃亡作戦が100%成功するものと確信して仕事を引き受けた。
  • テイラーは、米国とは違いカルロス・ゴーンが足首にGPSモニターを装着していないこと、そして彼がフランスのパスポートの保持を許可されていたことをキャロル夫人から聞いていた。

1982年、テイラーは当時のレーガン政権下で特殊部隊としてレバノンに駐留しており、その際レバノン人女性と結婚しています。そのことから、土地勘と現地での人脈を持っていました。
GPSモニターについては、皮肉なことに保釈請求の際、ゴーン側から着用に同意する条件を提示したものの、日本にはそのような物を強制する法律がないとの理由から却下されています。

出典:東洋経済ONLINE

作戦実行の事前準備と調査

  • テイラーは、ゴーン宅(元麻布ヒルズ フォレストタワー)前に監視カメラがあること、日産自動車が雇った警備会社によって監視されていることを把握していた。
  • テイラーは、海上作戦、空港警備、IT、警察、監視など様々な分野の専門家を集めて作戦を遂行するためのチームを編成した。その構成のほとんどは元特殊部隊員であった。

日産自動車が雇った警備会社については、担当の中惇一郎弁護士が「重大な人権問題」として訴えたことから、監視は2019年12月29日に外されることとなりました。そのこととの関連は不明ですが、その直後、逃亡作戦が開始されることになります。

出典:産経ニュース

使用した航空会社は以前から黒い噂があった

  • 逃亡用のチャーター機を調達するにあたり、あまり多くの質問をしない航空会社を見つける必要があった。
  • ゴーンが日本を脱出する際に入ったといわれる箱については、ゴーンが入れる大きさ、ゴーンの体重と比べ不自然ではなこと、チャーター機の貨物室のドアから入るサイズ、という条件からサブウーファー(大型スピーカー)の収納ケースが選ばれた。

チャーター機を調達するに当たっては、それまでも黒い仕事を請け負ってきたと噂されるトルコのプライベートジェット運航会社MNGジェットが選ばれました。

出典:Forbes JAPAN

チャーター機は関西国際空港~レバノンまでの間、一度イスタンブールに着陸して別のチャーター機に乗り換えています。合計2機のチャーター機が使用されたことになりますが、いずれもMNGジェットが使用されたようです。
ゴーンが逃亡の際入ったとされる箱については、一部で「楽器ケース」と報道されましたが、実際には大型のスピーカーを収納するケースでした。

空港セキュリティの甘さを突いた作戦

  • ゴーン宅(元麻布ヒルズ フォレストタワー)前の監視カメラは常に撮影されていたが、その映像は週一回、月、火、水の内の一度だけしかチェックされていないことが分かった。そのため、木曜日か金曜日に出発すれば翌週の月曜日まで気付かれない可能性があった。
  • 逃亡時、ゴーンはテイラーから秘密裏に送られてきた携帯電話で連絡を取っていた。
  • テイラーのチームは東京から近い5つの空港を調査し、関西国際空港には警備上の重大な欠陥があることを突き止めた。ターミナルには、ゴーンが入るスピーカー収納ケースをスキャンできるだけの大きさを持ったX線装置が無かった。
  • チャーター機は2人のトルコ人パイロットが担当したが、作戦については1人のパイロットにだけ説明された。

実際にゴーンが自宅を出発したのは日曜日でしたが、テイラーの目論見どおりゴーンがレバノンに到着した翌月曜日まで日本の当局は逃亡に気づきませんでした。そして、ゴーンが「私はレバノンにいる」と衝撃的な声明を発表したのは、レバノンに到着した翌日の火曜日(2019年12月31日)でした。
今回の事件で初めて明らかになったプライベートジェットでの空港セキュリティの甘さですが、この点もテイラーは把握していました。
現在も共同所有のプライベートジェットを利用している堀江貴文氏は、この事件の直後、空港セキュリティの甘さについて解説した動画をYouTubeに上げています。

ベイルートへ逃亡するまでの経路と時間の詳細

2019年12月29日午後2時30分
ゴーンはニット帽とマスクを着用して、自宅である元麻布ヒルズ フォレストタワーを徒歩で出発。

taxi

自宅から約800m歩き、六本木ヒルズにある高級ホテル、グランドハイアット東京に到着。このホテルは、ゴーンが昼食のために頻繁に利用しており不自然な行き先ではないこと、出入り口が多数あることなどから選ばれた。
ゴーンはテイラーの息子、ピーター・テイラーが予約していた933号室に向かい、その部屋でゴーンは新しい服に着替えた。その後、テイラーともう1人の実行犯であるジョージ・ザイェックと合流。
ピーター・テイラーのみ成田空港経由で移動することにし、ゴーン、テイラー、ザイェックの3人はタクシーで品川駅へ向かった。

taxi

12月29日 午後4時30分頃
品川駅に到着した3人は、新大阪行きの新幹線に搭乗。

新幹線

12月29日 午後8時過ぎ
3人を乗せた新幹線が新大阪駅に到着。関西国際空港の最寄りにあるスターゲイトホテル関西エアポートへ向かった。(移動手段は不明)

?

スターゲイトホテル関西エアポートに到着。ここでゴーンは用意されていたスピーカー収納ケースに潜り込んだ。
この間、テイラーは1人で空港へ向かい、空港職員に搭乗予定者のパーティが遅れているため、セキュリティチェックを急ぐ必要があることを伝えた。そして、チップとして5000ドル分の日本円を職員に手渡した。(このチップは出発前に「会社の方針に反する」としてテイラーに返却された)

12月29日 午後10時前
テイラーはホテルに戻り、ゴーンが潜んでいるスピーカー収納ケースをバンに乗せて関西国際空港へ向けて出発。

バン

関西国際空港に到着
テイラーは万一のために大阪でのバイオリンコンサートに出席していたという仮説のストーリーを用意していた。そして、実際にコンサートに出席してそれを証明するためのチケットまで入手していた。
しかし、空港では誰にも疑われることはなかった。ゴーンが入ってたスピーカー収納ケースはもちろんのこと、テイラーたちが背負っていたバックパックさえもX線検査に通されることはなかった。

12月29日 午後10時30分
チャーター機(ボンバルディアBD-700グローバルエクスプレス)は作戦どおり離陸予定時間のわずか20分前に関西国際空港に到着した。時間がなかったため、ゴーンが潜むスピーカー収納ケースは大急ぎで機内に積み込まれた。

12月29日 午後11時10分
ゴーン、テイラー、ザイェックの3人を乗せたチャーター機が関西国際空港を離陸。

チャーター機

ゴーンは機内でスピーカー収納ケースから出て客室に移動し食事を取った。CAにはVIPゲストがプライバシーを望んでいることを伝えいていたため、客室に入ってくることはなかった。飛行コースは、日本との引き渡し条約を結んでいる韓国などの国を避け、中国、ロシア領空を飛行した。(該当機の航跡ではロシア上空を飛んでいる)

現地時間 12月30日 午前5時26分(日本時間 12月30日午後12時25分)
チャーター機はトルコのイスタンブール(アタテュルク国際空港)に着陸。ゴーンだけ別のチャーター機(ボンバルディアBD-100チャレンジャー300)に乗り換えベイルートへ向かった。周到に準備されていたようで、この乗換はわずか30分ほどだったと推測される。テイラーとザイェックはここでゴーンと別れ、通常便の航空機でベイルートへ向かった。

このとき、トルコ国境警察はゴーンがプライベートジェットに搭乗していることを知らされておらず、ゴーンの出入国記録もなかったと報じられている。
なお、アタテュルク国際空港は新イスタンブール空港への移行にともない、一般の定期航空便の離発着はなかった。

出典:BBCニュース

チャーター機

現地時間12月30日 午前6時30分過ぎ(日本時間 12月30日午後1時30分過ぎ)
ゴーンのチャーター機はレバノン(ラフィク・ハリリ空港)に到着した。
関西国際空港を離陸してから、イスタンブールでの乗り継ぎも含め14時間あまりの飛行時間だったとみられる。

チャーター機の航跡は記録に残っていた

チャーター機
Photo: Wikimedia Commons (CC BY-SA 3.0 DE)
逃亡に使用されたチャーター機の同型機(ボンバルディアBD-700グローバル・エクスプレス)

使用されたチャーター機の飛行ルートと時間については、航空機位置情報サービスであるFlightradar24に該当機のものとみられる記録が残っており、航空関係のブログ「やぶログ」で詳細に分析されています。
その航跡を見ると、Vanity Fairの記事にもあるとおり韓国上空を避け、日本と犯罪者の引き渡し条約を結んでいないロシア上空を飛行していることがよく分かります。
なお、飛行に関する時間、使用機種はこのブログを参考にさせていただきました。

出典:やぶログ/ゴーン・フライト

亡命者としてベイルートでは歓迎

  • 日本の当局はベイルートでゴーンの国外逃亡が報じられるまで、そのことに気づかなかった。
  • ビジネスで成功したゴーンはレバノンで多額の投資をしており、国民からは英雄視されている。到着後ミシェル・アウン大統領や他の高官と面会した。そして、ゴーンを日本から救出したテイラーも英雄としてレバノン国民から称賛された。

日本では足首にGPSモニターを装着する必要がなかったこと、関西国際空港の警備に致命的な脆弱性があったことなど、テイラーが仕組んだ救出作戦は日本の弱点をたくみに突くことでほぼ完璧に成功を収めたと言っていいでしょう。後日、テイラー自身と息子のピーターが逮捕されたことを除いては。

逃亡幇助の実行犯としてテイラー親子は逮捕

  • 2020年5月20日、日本当局の要請を受けた米司法省はテイラーと息子のピーター・テイラーを逮捕した。
  • ワシントンDCでは、ミシシッピ州上院議員らがテイラー親子の釈放を求めてロビー活動をしている。

日本政府は米国に対してテイラー親子の身柄を引き渡すよう求めていますが、交渉は難航しています。国際世論としても日本の司法制度に批判的な声が多いことから、もし身柄が日本に引き渡されたとしても、裁判で通常の判決が下され通常どおり刑務所に収監されるという流れにはならないかもしれません。
テイラーとともに作戦を直接実行したジョージ・ザイェックは、まだ逮捕されておらず今現在も逃亡中です。

テイラーが救出作戦を請負った理由とは?

  • テイラーは自身と息子が逮捕までされたにもかかわらず、ゴーンからはまだ報酬を受け取っていない。
  • 「金のために仕事を請け負ったとしたら、私は前金を要求しているはずだ」とテイラーは語っている。
  • テイラーが作戦を実行した理由は、米陸軍特殊部隊(グリーンベレー)が任務としている「抑圧された人々を解放する」使命感によるものとしている。
テイラー親子
Photo: THE WALL STREET JOURNAL
テイラーと息子のピーター

テイラーと息子ピーターが今後どのような裁きを受け、どのような境遇になるかは分かりません。
米国の一部では「キャプテンアメリカ」と呼ばれるほどヒーロー的な存在である一方、過去には別の事件で逮捕歴もあり、手放しで称えることができる人物ではないことも事実です。

映画化では、テイラーがどのようなキャラクターとして描かれるのか気になるところです。正義のヒーローか、あるいはゴーンを開放した代わりに逮捕された不条理劇の主人公か?まだ現実のテイラーとゴーンの運命は現在進行形であり、近い将来製作される映画ですべてを語ることはできないでしょう。

日本への身柄引き渡しに反対する署名運動

オンライン署名サイト Change.org では、テイラー親子の身柄を日本当局へ引き渡すことに反対する署名運動が実施されており、2021年1月現在9千人あまりの賛同を得ています。

現状、署名数はそれほど多くはありませんが、海外では日本の司法制度に対する批判的な見方が一定数あることは間違いなさそうです。
いわゆる人質司法や、取り調べに弁護士が立ち会えないこともその理由ですが、米国では廃止の方向に向かっている死刑制度が、日本ではいまだ大きな議論にならないまま現存していることも影響しているものと思われます。

Change.org: Prevent the torture and death of Veteran Michael Taylor and his son Peter

追記

続く身柄引き渡しの攻防

2021年1月28日、マサチューセッツ州連邦地裁はテイラー親子を日本へ引き渡すことを認める判断を下しました。これに対し、弁護側は即日上訴しています。

2020年9月、マサチューセッツ州連邦地裁は引き渡し認め、翌10月には国務省もこれを承認していましたが、移送予定日の直前、弁護側が連邦地裁に対し人身保護令状を発付して移送をやめるよう申し立てていました。
今回はその申し立てを棄却し、再びマサチューセッツ州連邦地裁が引き渡しを認めた形となります。

出典:JIJI.COM

追記

テイラー親子が日本へ移送。日本で全容解明へ

3月2日、テイラー親子はボストンから日本へ移送され、犯人隠避の容疑で東京地検特捜部に逮捕されました。今後、東京拘置所に収容され日本での取り調べが始まる見込みです。

追記

テイラー親子に実刑判決確定か

7月19日、東京地裁はテイラー親子に対して実刑判決を言い渡しました。 弁護側は執行猶予付きの判決を求めていましたが、父親マイケル被告に懲役2年(求刑2年10月)、息子ピーター被告に1年8月(求刑2年6月)という判決に至りました。

裁判長による判決理由では「刑事司法を大きく侵害した」と語っていることから、外国人のスペシャリストが被告人への監視体制の甘さや、空港警備の脆弱性を巧みに突いて逃亡を手助けしたことが日本の司法制度を侮辱的に侵害したことと受け止められ、これが実刑判決に繋がったものを思われます。
カルロス・ゴーン被告の裁判は今後の見通しがまったく立たなくなっていることから、日本の司法側からすれば不愉快なことこの上ないことは間違いありません。
判決に対して被告は14日以内に控訴できますが、テイラー親子は控訴しない意向との報道がありこのまま実刑が確定する見通しです。

なお、逃亡を手助けしたもう一人のジョージ・ザイェック容疑者は現在も行方が分かっていません。

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